これまで読んだ本を半期毎にピックアップしてレビューするタイミングが再び訪れて来てしまった。改めて時が過ぎる早さを実感せずにはいられない。今年の下半期は上半期に比べて様々な本に手を付けて来た為、レビューするタイトルを選ぶのは余り楽ではなかった。しかしどうにかそれは完了したので、ネタバレ注意と断りつつ順々に書き連ねていこう。
黄金比に縛られてはいけない(戒め
始めは、マリオ・リヴィオ著『黄金比は全てを美しくするか?』である。本著は今年の上半期に『歴史は「べき乗則」で動く』と共に購入していたのだが、読み始めたのは下半期であり、かつ間に別の様々な本を読んでいた為、今期で一番最後に読み終えたタイトルとなった。
さてイラストをよく描いたりする人ならば、黄金比の構図を作品の中に取り込もうという企てをした事が一度や二度はあるのではないか。自分はある。しかし本著は、そのような黄金比に纏わるイメージを程よく矯正してくれた。おさらいすると黄金比とは、ある直線における任意の一点でそれを分割した時、それで出来た長辺と線全体の長さの比と、短辺と長辺の長さの比が等しくなる様な比のことを指す。仮に短辺の長さが1であった場合、長辺の長さは1.618...と無理数の値となり、これが黄金数となる。
本著は、古代における建築や著名人の絵画等に黄金比が用いられていたという、黄金比に纏わる俗説を丹念にぶった斬りつつも、この比が辿っていった歴史や、それが自然現象の中に現れる例を幾つも説明している。勿論ながら、この比が有する数学的特質も解説されていてとても面白かった。特にフィボナッチ数と黄金比が密接な関係にあって、上述の自然現象の例ではこの2つがセットで姿を表す事もある。
そうした事を説明しながら、アーティストは黄金比に縛られるべきでないという旨を著者は主張する。作品を良い感じに魅せる目的で何かを黄金比に当てはめる様な事をしても、期待する程の成果は得られないだろう、と。
そして最終章では、黄金比やフィボナッチ数の様に、物理学等の分野で現れる諸法則を、なぜ数学が都合よく説明してくれるのかと著者は問う。プラトン主義と『発明』主義とを対比しつつも、著者は光の性質において過去盛んに行われてきた議論を引き合いに出してこの問いに対する結論を述べる。この章は全体的に難しめの内容であったのだが、ここで紹介されていたベンフォードの法則は目から鱗だった。不正会計を見抜く手法として実践的に用いられているとの事である。
本著は文庫サイズながらかなり読み応えがあったのだが、それだけに学びは大きかった。
World War
この言葉を流暢に発音する事は出来ても、その経緯は複雑だった。
B・H・リデルハート著『第一次世界大戦』は、日本人としては馴染みの薄い本大戦の経緯を知る為にいきなり挑みかかるにはとても敷居の高い内容であり、上巻を2016年のBF1発売時に購入したはいい物の、その難しさに挫折してしまい暫く放置していた。しかし、徐々に去年に読書週間が復活し始めてからはちょくちょくと読み進めてきた。そして今年の下半期にそれを完読し、直ちに下巻を読み始めた。こちらは上巻程ページ数が多くなく、後半の1/3は資料集であった為、直ぐに完読できた。
ビスマルクの活躍した時代から主要国の大戦参戦までにおけるピタゴラスイッチを丹念に説明してから、両陣営の戦力比較、その後は各地の戦況の推移を説明するという流れであった。上巻は開戦年である1914~1916年までの内容を、下巻は1917年から1918年の休戦までの内容をカバーしている。本著で特徴的なのは、前線の空気感等の様な描写は一切なく、飽くまで将官寄りの視点(地図上から敵味方の動きを見る)から戦況が描かれていた。それ故地名等の固有名詞がかなり登場するので、付録の地図を度々見ながら場所を確認していた。
それでも武装国家、戦闘国家、総力戦の確立等の様な興味深い説明はいくつもあったし、また主要な戦場はBF1のマップを紐づけながら読み進める事が出来た。それでもヴェルダンやソンムの戦いやパーサンダーラ(パッシェンデール?)の戦いの経緯は読んでいてゲンナリしたし、そこから漂う著者の怒りも度々感じられた。
本著の締めでは、戦争における武力以外の要素の重要性を挙げている(本文中にもそれを伺わせる説明は度々あったけれども)。これは著者の代表作である『戦略論』への繋がりを窺わせるし、自分もまたそういった軍事戦略に関する名著への興味が湧いてきた。その最たる古典の一つ『戦争論』の著者であるクラウゼヴィッツをリデルハートはかなり批判していたらしいので、芋づる式にクラウゼヴィッツやジョミニの著書も読んでみたくなった。
ただし、いきなり前者に挑戦するのは無謀な気がしたので、今は導入としてベアトリス・ホイザー著『クラウゼヴィッツの正しい読み方』を読み始めている。ジョミニやリデルハートの著書も、その流れで読む事になると思う。
素粒子物理学への導入として
次は中島彰著『現代素粒子物語』。今年の9月、去年と同様にKEK一般公開に行ったのだが、それに先立って素粒子物理学に関する概念をサラッと掴んでおきたいと思い、本著を読むに至った。
素粒子に纏わる用語、エピソードを物語仕立てで解説していてとても読みやすかった為、頭の中にバラバラに散在していた様々な考え・用語をある程度体系的に把握する事が出来た。その甲斐もあり、今年のKEK訪問での様々な展示及び解説内容に去年よりは狼狽えずに済んだ。
本著では暗黒物質や暗黒エネルギー、超ひも理論には敢えて触れていないものの、それらを解説した書籍もそのうち手を付けてみたいと思う。ともかく素粒子の世界は奥深く、これも一つの異世界である。
恐らく覚えている限りでは本書が初めて読んだブルーバックスであり、とても良い印象だった為、同レーベルの様々な著書をもっと読んでいくつもりである。
ロジカルシンキングを鍛える
アンドリュー・ハント著『達人プログラマー』は、自分のコーディングのレベルアップの為に読んだ本である。DRY原則、直交性、石のスープ、曳光弾、偶発的プログラミング等の重要なキーワードを知る事が出来たのだが、本著はプログラミング以外の様々な分野にも役に立てられそうだった。より根源的なロジカルシンキングを実践する上で良い影響をもたらしてくれた。
『リーダブルコード』を読んだ時もそうだったが、職業プログラマーを辞めてからの方がスキルをかなり伸ばせているような気がする。
ハードウェアで何かを作りたくなる
最後は漫画、西餅著『ハルロック』である。主人公が電子工作で様々な変な物を作りながら物語が進んでいくのだが、ものづくり心を久々に揺さぶられる作品であった。
自分はハードウェアは苦手であったにも関わらず、本著には電子工作をやりたい衝動をかなり煽られた。その一方で、登場するキャラの会話の端々において身につまされるような一節もあったりして、最後までとても引き込まれた作品であった。同年代の男女が登場しつつも、最後まで電子工作を中心とした人間関係であった為、謎の安心感もあった。
今後
素粒子物理学、数学、軍事論等読むジャンルが少しずつ広がって来ている気がする。上述の『クラウゼヴィッツの正しい読み方』の他、ガロア理論周りもそろそろリベンジしてみたいと思い始めた。というのは、素粒子物理学の様々な著書の中でしばしば群論に言及されていた為である。ガロア理論については、約6年程前に数学ガールを途中で挫折して以来長らく凍結気味だった。
また、ずっとノンフィクションにばかり触れていた為、そろそろ何か小説も読んでみるのもよいと思っているのだが、これを考え始めると更に潜在的な積ん読が溜まっていきそうである。その上、読書自体に割ける時間もあまり多くない事が尚その状況に拍車をかける。
とはいえ言葉を知れば世界を知れるので、読書週間は今後も堅持していく。より面白い著書に出会えることを祈りたい。