2019年:あゝ上半期(書評まとめ)

2019年7月15日月曜日

読書

2019年も既に折り返し地点に入り、それまでの間に幾つかの本を読んだ。その為前エントリに倣い、本エントリでは特に思い出深かったタイトルの順にこれらの書評を述べようと思う。一応ネタバレ注意といっておこう。

自然界から人間社会にまで通底する法則?

始めは、マーク・ブキャナン著『歴史は「べき乗則」で動く』。

本著で述べられているのは、『構成要素が相互に影響を与えあっている系では、その中の統計的性質においてべき乗則が現れ得る』という内容の話である。地震、森林火災、株価変動等の様な幾つもの具体例を用いて、そこに見受けられるこの法則を説明しているのだが、本著はその様な事例を単に羅列しただけの内容ではない。

上記で述べた、構成要素が相互に影響を与えあう系というのは、本著では非平衡系と呼んでいる。また、その内部におけるエネルギーが放散ギリギリの段階に留まっている状態を臨界状態と呼んでいる。非平衡系では時間経過と共にそれ自体がこの状態に組織化され、ある取るに足らない様な小規模の出来事がきっかけで、それが連鎖的に周囲にレスポンスを呼び起こしていく。これが最終的に系に対する大きなうねりを巻き起こす事が有るのだが、それがどれ程の規模になるのかは想像もつかない。これが本著のタイトルと繋がっていく。

それを踏まえて、本著の主張において個人的に特に重要だと感じたのは、『ある出来事の原因や一般則を見出す為に、個々の構成要素の動向を一つ一つ精査するアプローチは無意味な事もある』という旨の内容である。著者がこの考え方を、自然界での具体例を起点に、世界大戦や金融危機等の様な人間社会での出来事にも敷衍して語っているのが印象的であった。

第二次大戦前におけるヒトラーの台頭は、前大戦によるヴェルサイユ条約に伴うドイツ国民の生活困窮に大きな背景があった。彼本人の性格や考え方はそうなる上での単なるきっかけでしかない。つまり時と情勢次第では、彼の主張も「何だこのおっさん」と切り捨てられ得たという事である。

今年5月に立て続けに交通死亡事故のニュースが流れたが、本著を読んで思い出したのはその中の大津市での事故である。あの事件では当初、保育園の対応に事故の原因を求めようとしたマスコミが炎上した出来事があったが、あれも正に個々の要素に本質的な原因を見出そうとする試みに見えた。尤もマスコミ側は単にウケ狙いを意識していただけかもしれない。彼らもしっかり視聴者の事を考えて動いてくれているのだ。

本著で述べられている興味深い事項は他にも幾つもあるのだが、一旦ここで区切ろう。少なくとも、ある出来事を考察する目が本著によって変わった実感はかなりある。

AI、お役所、クソリプ

次は、新井紀子著『AI vs. 教科書が読めない子供たち』。

ニュースなどでやたら言及されているAIだが、正直自分は今まで大きな興味を向けていなかったので、関連用語もよく把握していなかったのだが、本著の前半で強化学習やディープラーニング等の専門用語についてざっくり解説されていた為大いに助かった。読み進めていく内に、やたらイメージで語られがちなAIは、単なるお役所仕事、つまり既存の設計通りに愚直に動くだけの絡繰り仕掛けの域を出ないのだという印象が染み渡ってきた。AIは仕事の意味を理解しない。

対して『意味を理解して事に掛かる』のが人間ならではの強みになるのだが、この為に必要な国語力がどんどん衰えていってますよというのが本書の主張である。AIが産業に広く普及しても、人間は人間にしかできない仕事に就けばいいという主張自体はしばし見受けられるしそれ自体の実現は大いに宜しいのだが、このままではそれも単なる青写真のままで終わってしまうぞ、と。自分の著者の主張は正しいと思うし、だからこそ暗澹たる未来の想像を拭い去るのが難しい。

本著とは直接関係ないが、これを書いている時に映画『26世紀青年』を急に思い出してしまった。まだ観た事がないタイトルなので、そろそろ手を付けようかと思う。

短いコードは良いコード、そう思っていた時期が

次はDustin Boswell, Trevor Foucher著『リーダブルコード』。

皮肉な事に職業プログラマをやめてから本著に出会う事になってしまった。個人的開発でコードを書いている現況において、初っ端から身につまされる内容の連続であった。丁度書いているコードをリファクタリングしようとしていた頃に読んだ為、この作業の大きな助けとなった。どんなコードが良いコードなのかを体系的に纏めてくれる本は、今の自分にとって大きな糧になってくれたが、恐らく前職時代にこれを読んでも、内容が活きるシーンは限定的だったろうと思う。あの頃の思い出が走馬灯の様に思い出される。

当時は納期に間に合わせるのに精一杯で、自ら生み出したクソコードに対する検証の目を向ける余力もなかった。ある先輩も先輩で、千数百行に及ぶ1メソッド、その中にある幾重ものネスト、点在する一文字だけ且つ用途不明のグローバル・ローカル変数等で構成されたソースコードを一生懸命作り上げた。その先輩は開発途中のままのそれを、僕の手元に残して去っていった。僕は既存のメソッドを読みながらコーディングを続行するが、1メソッドを読了する頃には冒頭の処理が思い出せなくなっているので、また読み返す。まさにメソッド・ウロボロス!この辺にしておこう。

デザインへの扉

次は三井秀樹著『美の構成学』。

有名な万年筆メーカーにドイツの『LAMY』がある。自分は同社のサファリ・スケルトンの万年筆を購入しようとして断念し、代わりに同シリーズのローラーボールを購入して使用しているのだが、これをきっかけに同社の筆記具デザインに大きな影響を与えたバウハウスに関しても興味が湧いてきたので、その流れで本著を読み始めた次第である。

自分も理系の出である事も関係しているのか、数理の言葉を用いてデザインを説明しようとする姿勢はとても好きである。本著でも特に頭を打ったのが『デザイナーに大器晩成はない』という主張である。要はどれだけデザインの構成に関する原理的な知識を有しているかどうかが大切なのである。また関連して、黄金比やフラクタルに関しても概説してあり、デザインに関する世界観を広げるのに役に立った。特に後者は、上記の『歴史は「べき乗則」で動く』を後に読むきっかけとなった。

デザイン能力を身に着ける事は、今の自分にとって決して無関係ではないので、今後もこの方面は定期的にチェックしていくつもりである。

エッセイもいいですね

5つ目は森博嗣著『夢の叶え方を知っていますか?』。

著者がこの方でなかったら間違いなく読んでいなかったであろうタイトル名である。本著を読んだのは、夢の叶え方を知る為ではなく、本タイトルに対し著者がどう考えているのかを単に知りたかったからだ。自分の考えは著者とさほど開きがある訳ではないのだが、夢と他者の関係性については再認識すべき事も多く書かれていた。他者の『いいね』に振り回されてしまうと最終的にやる事が小粒になってしまうという考えも同意するし、楽しさの本質が個人の中から生まれる発想にあるというのも、その通りだと思う。

自分自身とSNSの距離感について、改めて検討し直すきっかけとなった。

微分積分、今後使う機会は果たして・・・

最後は永野裕之著『はじめての物理数学』。

個人的な研究の将来的な一助にしたかった事と、そもそも微積に関して、恥ずかしながらほぼ忘れていた事もあり、復習の為に本著を読む事にした。易しく解説した内容になっている印象であり、数学と物理を紐づけする事で、無味乾燥な数式に具体的なイメージを与えたいという意図は読み取れた。実際、高校数学を思い出しながら補完を加えていくような形で中盤まで読み進めることが出来た。

が、流石に後半の微分方程式の下りになると消化が難しく、やや駆け足気味に読んでしまった。やはり本著は、机に座り近くに筆記具を置きながら読むべき本だと思った。通勤時に読むとなると、中々理解に体力が要る。

とは言え、微積を使う機会が今後あったとして、その知識を思い出す上で確実に橋頭堡となってくれるだろう。

下半期の読書

現在はリデル・ハート著の『第一次世界大戦(上)』と別の本を併せて読んでいる。前者はボリュームが半端なく、また合間合間に上記の本に手を付けていた為まだ読了には至っていないのだが、最近は読書ペースも上がったこともあり大分終盤まで読み進められた。できれば下巻も今年中に読みたいのだが果たして実現するだろうか・・・!

また『歴史は「べき乗則」で動く』が面白かった事で、ハヤカワ文庫の『数理を愉しむシリーズ』の株が自分の中で上がった。実は本著と併せて『黄金比はすべてを美しくするか?』を購入していたので、早々にこちらにも手を付けたい。

気になる本が沢山あり過ぎて、どのタイトルを先に読むべきなのか頭の中でぐるぐるしている。